赤と白

「母の日には私がお店を手伝いますから、お母さんはゆっくりしていて下さい。」
瞳ちゃんからありがたい申し出がありました。

昔、むかし、50年も前
小学校に入学して間もなく母の日がやって来て
子供たちの胸に赤いカーネーションの造花が付けられました。
先生は私にだけ白いカーネーションをくれました。

その時、私は悲しかったのだろうか。
寂しかったのだろうか。
それからずっとこの日が苦手です。

マリリンのママと骨董市をひやかして歩きました。

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次の日から私は思いもかけない状況に陥ります。
母なし子とは遊ばない。
そう言って昨日までの仲良しはスクラムを組みました。

その時、私は悲しかったのだろうか。
悔しかったのだろうか。

翌年には父が再婚をして白が赤に変わります。
常識は時代と共に変わっていくものだけど
赤と白ってなんだったのだろう。
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by Kintaro-Sushi | 2007-05-13 15:46 | 思い出 | Comments(8)
Commented by junoleon524 at 2007-05-13 21:30
今回は、収穫なし?

うちの子供は逆バージョン・・・ぐえ。
Commented by 誰そ彼れ at 2007-05-13 22:19 x
年ィ取っても、50年前の自分と
ちっとも変わってないと、思いませんか。
だとすると、今まで生きてきた様にしか
これから先も生きられないんでしょうか、ネ。
Commented by わさび at 2007-05-13 23:52 x
524さん
今回も収穫、多々。
もちろんフルーツワッフルも食べてきました。
いいんです。
人には与えられた運命があるもんです。
その中で精一杯生きれば、これまた楽しです。
Commented by わさび at 2007-05-13 23:58 x
誰そ彼れさん
50年前の私と今の私は全く同じだと思います。
好きなものも一緒だし、考えることも感じることも変わっていないです。
そしてこれからも変わらない。

Commented by coffee_8k at 2007-05-14 07:22
うちの子の幼稚園では、今年から「母の日」と「父の日」がなくなって、
間くらいに「家族の日」という日をつくって、プレゼントをくれるそうです。
世の中には色々な人がいて、様々な家族の形があります。
その中で、それぞれがそれぞれの幸せを感じられたら素敵です。
Commented by Kintaro-Sushi at 2007-05-14 08:39
coffee_8Kさん
それを聞いてほっとしました。
わたしの小さい頃は比較的家族の形も決まっており
私のような子供は稀でしたので
寂しさに追い討ちをかけることばかりありました。
そうかと思うと障害のある子供たちも一緒に学び
その子たちの存在も当たり前のこととして受け入れていたのですから
良いことも沢山あったのです。
子供はみんなの宝、希望の星ですから大切に見守りたいです。
Commented by aska at 2007-05-14 22:13 x
そう云えば、赤と白色のカーネーション胸に付けましたね。
今思うと、いったいあれは何だったのでしょうか?
何を、どうしたかったのでしょうか?
子供達に何か伝えたいことでもあったのでしょうか?・・・分からない!
Commented by Kintaro-Sushi at 2007-05-14 22:52
askaさん
覚えてました?
私だけの思い出と思っていました。
「あなたにもお母さんがいたのよ。」って先生が言いました。
そんなこと百も承知に決まってるじゃないですか。
今だったら言ってやる。
「アメーバーじゃあるめいし、あったりめえだろ!」ってね。


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